
外を歩くとぽかぽかとした日が増え、草木も少しずつ芽吹き始めている。冬の間、モノクロに映っていた街が、3月に入ると春の優しい色合いに染まってきた。蕾を身につけ、わずかに咲いている桜の木を眺めた。
桜には不思議な力がある。心を癒してくれるから、どうしても近くに寄ってみたくなる。冬の間は、寒い上に日照時間も少なく、自然と気分も落ち込むことが多かった。桜の花を見上げると、ようやく厳しい寒さを乗り越えた、ずっと待ち遠しかった暖かい季節がきたことを教えてもらえる。桜の開花は春の到来を告げ、物事の始まりを象徴し、日本文化に深く刻み込まれている。
中東地域にも、桜にとても似たアーモンドの花が咲く。品種によって差はあるものの、イエメンでは2月から3月初旬にかけて咲き誇る。桜の花と似た大きさ、形、淡いピンク色、遠くから見ると見分けが全くつかない。両者とも、同じバラ科の植物である。


イエメンの家庭でアーモンドは、日常的に親しまれてきた。食事の時間になると、大家族が大皿料理を囲んでいる。そこには、料理のトッピングにされた、油で炒めたカリカリのアーモンドがのっている。子どもたちは、お米と一緒に美味しそうに頬張った。他にも、チョコレートで絡めたお菓子として贈り物にしたり、秋になるとドライする前の生アーモンドが出回ったりもする。市場ではアーモンドが山積みになって売られている。


イエメンは、中東有数の農業国で、人口の半数以上が農業に従事している。標高が高く涼しい気候下の山岳地帯では、乾燥に強いアーモンドの栽培に適し、イエメン果樹面積の7%を占める[1]。アーモンドは家庭内で消費されるだけでなく、国外にも輸出され、同国経済を支える重要な換金作物の一役も担っていた。
しかし、イエメンは2015年からの長引く紛争とそれによる経済危機、洪水などの気候変動、害虫被害を受け、イエメンの農業活動は危機に瀕している。農業を継続できなくなった農家の人々が増えた結果、国民の3分の2が食糧危機に瀕している[2]。人々にとって冬のように厳しい時間が、今なお続いているのである。
ADRAは、紛争により井戸が壊れ、農業を放棄せざるおえない元農業従事者に対して、2022年よりJPF資金を受けて灌漑システムの復旧支援を行なっている。農業復帰に向けた研修も同時に提供することで、人々の自立的な食糧生産、そして生計の回復を目指している。
イエメン内戦が始まって以来、アーモンドの花が咲く季節は10回訪れた。その間、平和の兆しを人々に告げることはなかった。今年も早春になると、山間に広がるアーモンドの木が花を咲かせ、新しい季節の到来を知らせる。日本人が桜の花を愛でるように、イエメンの人々にもアーモンドの淡い花の色に癒され、平穏な春が訪れることを願っている。
(執筆:中西)
※ アーモンドの花と桜の花は、ともに著作権フリーサイトhttps://pixabay.com/ja/より、アーモンドの写真は筆者撮影
[1] Muneer Mohammed Saleh Alsayadi, et al. 2024. Evaluation of Chemical Content and Phytochemical Composition of Yemeni Almond Cultivars. Qeios. doi:10.32388/A2W8XT.
[2] IPC, 2024 February, Yemen: IPC Acute Food Insecurity Analysis Update, p.1.