
平日の昼間、都会に突如出現した自然の楽園は観光客で賑わっていた。3月13日木曜日の昼下がり。
私は上野恩賜公園を、熊本から遊びに来ていた母親と散歩していた。外国人観光客でごった返すアメ横を歩き回った後の私の足は、鉄の棒のように重い。他愛のない会話を母と交わしながら、花祭りの提灯や飾りがされた公園を一周して戻ってくると、遠くにピンク色が枝先に広がる木が見えた。
「え、桜ってもう咲いてるの?開花宣言あったっけ?」
と近づくと、見事に咲き誇る桜の木が一本、公園の入り口を飾っていた。
卒業式帰りか、振り袖姿で写真を撮る女の子たちもいる。見上げると、かすかに桜の甘い香りが鼻に届き、ヒヨドリとみられる鳥たちが一生懸命花の蜜を集めているのが見えた。

「あ~帰りたくないな~」
夜の便で熊本に帰る予定だった母が呟いた。公園に集まった家族連れや友人グループとみられる人々の間には、何とも穏やかな時間が流れていた。まだお花見シーズン前ではありながら、気温が19度近くまで上がった春日和のこの日、「芽吹き」や「始まり」を感じさせるこの時期特有の空気を私は肌で感じた。
この仕事をしていて「始まり」を感じさせてくれる花と私が出会ったのは、ジンバブエの首都ハラレだった。
2022年10月。ADRA Japanに入職して初めて海外出張で渡航したのが教育事業を担当していたジンバブエだった。この時ハラレで出会ったのが、藤の花のように鮮やかな紫色で辺りを彩るジャカランダの花だった。
シーズンとしては9~10月が見頃のため、私が渡航した10月は既に終わりかけの時期だったが、首都でさえ高層ビルが少ないハラレの町で、紫のジャカランダの花は広い青空にばっちりと映えていた。住宅街にジャカランダ並木になっている場所もあり、日本の桜並木を彷彿とさせた。

このNGO職員としての初めての出張は、今の私のスタート地点でもある。それまでオンライン会議やメールのやり取りでしか会話をしたことがなかった現地スタッフたちと顔を合わせ、事業地の町の食堂で当時1米ドルほどの地元飯を一緒に食べた。教育事業の対象校訪問では、学校の先生たちに1つ1つ質問をする中で、東京事務所で報告書を読んでいるだけでは知り得ない現実が見えた。
一方で悔しい想いもした。もっと突っ込んで質問をすればよかった…詳細を知る問いかけをするには自分がもっと基本的な知識を持っておかなければならなかった…挙げ出したらキリがない。
今年も「始まり」の季節が目前に迫っている。日々目の前の仕事と戦っていると「あれ、もうそんな時期?」とあっという間に時が過ぎていく。ADRAで仕事を始めて5年目に入る2025年。初心忘勿の文字を心に刻んで新年度に臨みたい。
(執筆:高橋 睦美)