「小さなお客さん」~スマホに保存されている写真~

気付けばこの地に足を踏み入れてから、一年が過ぎていた。毎日多くのボランティアや住民で賑わっていたADRAの事務所も落ち着きを取り戻し、今では1日に数人が訪れる程度になっている。穴水駅前の状況も大きく変わった。倒壊しかけていた家屋も解体が進み、事務所の周辺には所々空き地が目立つ。穴水の様子もすっかり様変わりした。

今から半年以上前、まだ夏とは呼べないような、少し冷たさと土の香りの残る風が吹く頃、穴水事務所では近隣の住民に混ざり、小さなお客さんが連日訪れていた。

私たちは、その少しやせ細ったトラ猫をちゃーさんと呼んでいた。近所に住む方が付けた名前だ。まだ1歳くらいの幼さが残るちゃーさんは、毎朝8時頃になると事務所を訪れ、トマトの苗が植えてある植木鉢の後ろや住宅の補修で余った木材に寄りかかり、ただじっと事務所を出入りするスタッフやボランティアを、何をする訳でもなく、まるで置物のように眺めていた。

9時頃に気付いた時には近所のパトロールに出かけており、また夕方になると定位置に戻る。我々の監視業務を遂行し、暗くなるとまたどこかへ出かけるのである。人馴れしている様に見えるが、決して人間の手が届く範囲には近づかない。孤高のちゃーさんなのだ。

しかし、そんな彼の平和な時間が脅かされる。

近所の方曰く、元々このハチワレ猫はちゃーさんを見つけると追いかけ回していたそうだ。かわいらしい顔つきで人馴れしているが、前足の太さや顔に傷が無いことから、この辺りでは無敵なのであろう。筋骨隆々の、人間に例えるとプロレスラーの様な見た目をしたこのボス猫は、ここ最近になって事務所の前まで縄張りを広げたため、ちゃーさんと鉢合わせる機会が増え、よく喧嘩をしていた。そして、気付いたらちゃーさんは事務所に寄り付かなくなってしまった。

1日・1週間・1か月と待っても現れることはなく、毎日の楽しみにしていた彼との時間に寂しさを感じつつも、その後音沙汰は無く、いつの間にか年が明けてしまった。

しかし、つい先日近所を歩いていると、どこかで見たような柄の猫が目の前に飛び出してきた。

冬毛になっただけではないだろう。恐らく新しい家が見つかったのか、少しふっくらとしたその猫には、確かにちゃーさんの面影があった。呼びかけると一瞬立ち止まり、こちらを一瞥する。まだ覚えていてくれているのか分からないが、とにかく無事で良かった。考える間もなく、彼はどこかへ走り去っていった。またいつか、我々の元へ戻ってきてくれるだろうか。そう思いながら事務所への帰路を辿った。

ADRAは様々な地域で足湯やカフェを行ってきた。毎回の様に来ていた住民が、ふと来なくなることがある。自宅の片づけや仕事が忙しかったり、気持ちが落ち込んでいたり等、様々な要因が挙げられるが、決してそれは悪い事ではない。自分なりの復興へと歩みを進めている証拠である。便りの無いのは良い便りと良く言ったりするが、何かの拍子に顔を出して頂けたら温かく迎える。住民だけではなく、ちゃーさんや誰にとっても安心できる場所。穴水事務所はそのような存在でありたい。

(執筆:三牧晋之介)

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