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年季の入った木製のカウンターの小窓越しに、ヘナでオレンジ色に爪を染めた郵便局員のおじさんの手が動く。切手を貼るスペースを確認した後、「一枚10タカだよ」と彼は言った。バングラデシュでポストカードを手に入れて、ついに発送するこの日まで1か月以上もかかった。
バングラデシュに到着して最初の週末だった10月18日。ポストカードを探しがてら、オールドダッカのマーケットに赴いた。初めて仕事外でダッカの町に飛び込んだ私は、マーケットに到着して早々、これまで「JICAの人たちの案内をしてきた」とガイドを買って出る50代と見えるおじさんに捕まった。彼を適当にやり過ごしながら「ポストカードを探しているんだけど」と聞くと、マーケット内で聞いて回ってくれた。ポストカードはなかなか見つからなかった。
正午前のオールドダッカは徐々に活気が増し、果てしなくお店が並ぶ建物内や露店を歩き回る中で、熱気と人混みに私は疲れ始めていた。諦めかけたころ、小さな薬局のお兄さんが「ポストカードがあるよ」と返してきた。
薬や衛生用品が並ぶ小さな店内に、ポストカードがあるようには見えない。店の床にぞんざいに置かれた段ボールを引っ張り、「ここから探しな」と言われた。日用品などがぐちゃぐちゃと入れられた箱の底から、一部黄ばんだ古いポストカードが出てきた時には、心から感動した。
ポストカードを手に入れた私はさっそくホテルの部屋で友人や家族にメッセージをしたためた。ハガキはメッセージを書くスペースが限られ、やり直しが効かない分、書く内容は結構悩む。
書き上げたカードを出すべく、週明けに現地スタッフに相談すると、「手紙を送ったことがないから分からないが、バングラデシュでは郵便は普通郵便局ではなく運送会社を使う」と説明された。DHLがあるエリアに行く予定があるというスタッフがいたので、ポストカードを託した。
約1か月が経った。スタッフに託したポストカードは今誰の手元にあるのか。確認する度に「お願いをしたスタッフに聞いておくね」と言われ続け、ついに帰国まで1週間強となったある日の朝、スタッフからのメッセージを見て驚いた。ポストカード数枚を海外に送るには、運送会社だと1万タカ(日本円で1万2千円ほど)以上かかるらしい。
諦めきれない私は「普通に郵便局で送ってみたいんだけど?」と半信半疑のスタッフに郵便局に連れて行ってもらい、ようやく発送することができた。運送会社と比較しても、250分の1ほどの切手の安さに、帰り道はスキップする気分で郵便局を出た。
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デジタル社会のこのご時世、ペンをとって字を書く機会はめっきり減った。スマホから送れば、一瞬で届くメッセージ。わざわざ切手を購入し、投函しに行く行為はいたって面倒である。しかし、相手のことを想って筆を起こすとき、私は言葉の1つ1つを噛み締める。
2024年の年末と翌年始。親しい友人にポストカードを出した。遠方に住み、直接会うことは中々できないが、ほぼ毎日と言っていいほどメッセージのやり取りをしている。1年間彼女にどんなことがあったのか思い出しながら、1つ1つの文字を小さな白い箱の中に詰め込んだ。
年明け帰省先から戻りポストを開けると見慣れぬ白い封筒が入っていた。封を切ると、赤、黒、青をベースにヒジャブをかぶった女性が絵具で描かれたポストカードが出てきた。彼女がかつてケニアのラム島を訪れた際に手に入れたというハガキ。異国の海辺の様子を思い浮かべた。切手をうまく貼れず結局封筒に入れざるを得なかったという彼女にクスリと笑いながら、私は文字を書く喜びを嚙み締めた。
(執筆:髙橋睦美)