どこかで誰かのためになる

「バホンッ」。

何かが破裂したかのような音と共に、大きくハンドルが左右に取られる。サイドミラーには、黒い板状の何かが転がっていた。運転席のディスプレイには、見慣れない警告灯。

「ああ、やってしまったな。明日からどうしよう」。

冷や汗をかきながら、突然の出来事に力の入らない両手で必死にハンドルを握る。300メートル後ろには後続車のライトが見える。不安定な車体と一緒にトンネルを抜け、すっかり薄暗くなった山の中腹にある除雪車の待機スペースに駐車する。大きな事故にならなかった事にほっと胸をなでおろす。

バーストしたタイヤ(2024.5.6)

ここは、七尾市と高岡市を結ぶ能越自動車道。連日多くの車がこの道を通る。工事業者のトラックや地元住民の車、我々のようなNPOの車両など、事情は違えど人々にとって命綱だ。地震の影響で道路がデコボコしている場所も残るが、連日夜中に工事をしており、今ではすっかり元通りになった箇所もある。

サイドミラーに映っていた車が通りすぎる。何かあったのかと、スピードを落としこちらの様子を伺ってから過ぎ去っていった。それ以降車が通らない。帰宅ラッシュを過ぎた時間である事が幸いした。保険会社や警察に電話をするも繋がらない。山の中腹であるため、電波が悪いのであろう。私自身も少し落ち着いてきて、夜空に広がる星を眺めて一呼吸おいた。春の一等星が一際輝く。東京では決して見る事ができない景色だ。

何度も電話をかけ続けているうちに保険会社と連絡を取る事ができた。レッカー車が到着するまで1時間半かかるらしい。電話が切られ、間もなくして警察が到着する。どうやら、高速の管理会社が通報したようだ。

怪訝そうな顔で警官が運転席の窓をノックする。タイヤがバーストしている事がわかると、「あー、最近多いんですよ。釘とか廃材の破片とかがトラックから落ちてね。わざわざ遠くから来てもらって。大変ですね」と、ボンネットに貼られた災害支援のシールを見て笑顔で話した。

程なくしてレッカー車が現れた。慣れた手つきで荷台に車を乗せていく。

「横浜からわざわざすみませんね。僕の友達も輪島にいるんですけど、地震から行ってないから様子もわからなくて。地震以降は、道路の亀裂に落ちた車を引き揚げたりしました。パンクはとても多いですよ。特にトラックとかだとね、また一段と大変なんです」

少し日に焼けた20代半ばくらいの若い作業員は、笑顔ではあるがどこか疲れが見え隠れする表情で語る。

災害支援といえば、行政や自衛隊、ボランティアが取り上げられる事が多い。しかし、今回お世話になった車両のレッカー会社や道路の工事業者、スーパーや銭湯、レストランの職員、例を挙げていたらきりがないが、どのような仕事もどこかで誰かの再興に一役買っている。復興に携わっているのは、災害支援の専門職だけではない。地域の住人がいないと成り立たない。そんな事実を改めて考えさせられた一日であった。

(執筆:国内事業担当 三牧 晋之介)

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