36歳、ADRA1年生の手記

夢があります。頭の中にぼんやりとある画です。

暗闇の中でカンテラを掲げる手。四方に何があるか分からない、静かで重たい闇の中で、ほの暗い灯りが一本の道を照らし出しています。

職業人としての私の原風景は、電話のコール音とスタッフの話し声が飛び交う、消費生活相談の現場です。新卒で公共機関に就職して以来12年間、消費者問題に携わってきました。不良品を購入したり、詐欺に遭ったりした人たちの相談先として設けられた行政の窓口です。

電話をしていらっしゃる方々の多くはトラブルに遭って感情的になっており、時にはぶつけどころのない怒り―――「どうして解決できないの?」「あなたたちは業者の味方なんじゃないの?」―――が、私達に向けられることもありました。相談者の苦しみを取り除きたいと願って、傾聴し、手を尽くす限り法制度や商品の調査を行い、チームで戦略を練って交渉に当たっているのに、まるで解決を邪魔しているかのように言われるとこちらも腹が立ってきます。

そんな時に仲間と掛け合ったのは「道を照らしましょう」という言葉でした。私たちは消費者に成り代わってトラブルの当事者になることはできません。業者とどう交渉するか、提示された解決金を呑むかといった判断をするのも相談者自身です。行政機関ができるのは、消費者の傍に立って、今取れる手段を示すことだけ。けれども、私たちが小さな灯りをともし続ければ、必ず相談者側の力になり、混乱した気持ちが落ち着く時が来る。そう信じて電話口に立つと、最初は早口でツンケンと話していた相手が、会話を終える頃にはほっとした口調になり、笑い声が漏れるようなこともありました。

2024年、これからの人生に迷った時、ウクライナ紛争のドキュメンタリーを見ました。紛争発生から間もない頃、満足な荷造りもできずに電車で隣国に逃れてきた人たちに、駅構内で紅茶が振舞われます。大柄の男性の手は悴んで、途方にくれたように何も無いところを見つめています。これからどうやって生きていくか、まだ何も決まっていないのでしょう。けれど、紅茶の湯気で赤く染まった顔にはわずかばかり、安堵の色がありました。一番危ない状況はもう脱したんだ、と。

こういう人たちのために働きたい、と思いました。

人道支援の世界の入口に立ったばかりの私は、今ADRAの同僚たちに足元を照らしてもらいながら、歩を進めています。けれど、いつか、自分が戦争や災害で苦しい状況にある方々の人生に、ささやかな灯りをともせる存在になりたい。そう願って、業務に当たる毎日です。

暗闇の中でカンテラを掲げる手。四方に何があるか分からない、静かで重たい闇の中で、ほの暗い灯りが一本の道を照らし出しています。

道の先に何があるかは見えません。けれども、灯りをともす誰かの手は、今、暗闇の中で独りではないことを教えてくれます。もう冷たい闇の中に留まる必要がないこと、ここではないどこかに向かって歩みを進めていけることも。

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