富山県と石川県の県境近くにある長さ957mのトンネル。それを抜けるまでの青く澄んだ空色が嘘だったかのように、冷たい強風に吹かれた雪が激しく乱れ飛んでいる。
石川県七尾市内にあるコミュニティセンターの玄関前。トンネルを抜けてからこここまでの間、セレナのフロントガラスには容赦なく雪が打ち付け、視界はとても良いとはいえなかったが、避難所と約束している時間に間に合うように、安全を意識しながら道を急いだ。
車内には私1人だったが、今日の段取りを頭の中で確認しながら道の状況も注視していく。後ろにはマイクロバスをキャンピングカー仕様に改造した「ゆあしす号」。大きなADRAロゴを車体側面にかかげて、今日も住民の元へ向かう。
2024年2月のこと。ADRA Japanは、七尾市内の避難所を定期的にまわって足湯ボランティアの派遣と移動カフェの提供を行ってきた。この日は避難所の前に「ゆあしす号」を駐車し、住民の方々にはその中でゆっくりと休んでいただけるように設定していた。
「能登の天気は変わりやすい」と言われることを、私はこの日に住民の方から聞いて初めて知ることになる。
「富山から来る道すがらはとっても晴れていたんですよ。」
「でしょ。そういうことはこっちではよくあるんだよ。今こんなだもんね。」
50代くらいの女性の方が少し顔をあげ、雪が顔にかからないように手で覆いながら教えてくれた。
地面はみぞれ交じりの雪でびしゃびしゃだった。
「足元滑りやすくなっているので、バスに乗る手前でお声がけしたりお手伝いしたほうが良さそうですね。」
一緒に準備をしていたスタッフと申し合わせながら、バスの出入り口に薄く積もった雪を取り除いたりタオルで拭いたりする作業をする。
準備をしていると早速ご高齢の女性がいらした。凍てつくような寒さの中で、薄いセーターにベストを羽織られただけ。十分な防寒をされているとは言い難いお召し物だったが、避難所のお部屋からバスまでは200mほどだったので、バスに入れば暖かいだろうと考えたのかもしれない。
その女性は、「お父さんの分と2つコーヒーお願いします。」と注文された。ご主人は避難所のお部屋で待っているようだが、女性は淹れたコーヒーをバスの中で飲んでいかれた。温かいコーヒーが胃に入ると、「は~、美味しいね。」と女性は目を細め、優しい笑顔を見せてくれた。
「温まるよね。本当に美味しい。」
避難所に避難されている方々は、それぞれ辛いご経験をされている。発災から約1か月経ったあの頃は不便で慣れない避難生活の中で疲労はピークに達していた。発災から11か月が経つ今も、それぞれに悩みを抱え、復興はまだまだ道半ばだ。
私たちができることは僅かだ。だが、コーヒーを飲んだ時に見せてくれた女性の笑顔は今も私の頭には強く残っている。
(国内事業担当:三原 千佳)