地震被災地へ、届けた希望。

いつも温かいご支援をありがとうございます。ADRA Japanアフガニスタン担当の守屋です。

皆様は、覚えているでしょうか?

2023年10月7日から数日の間に、アフガニスタン西部ヘラート県で、マグニチュード6.3を超える強い地震が複数回発生しました。1,400を超える尊い命を奪った揺れにより、煉瓦造りの家々は瓦礫の山と化したのです。

発災直後の街(2023.10.ジンダジャン地区)

変わったのは街だけではありません。そこに暮らす人々の生活も一変しました。

「普段は日雇い労働をしていますが、冬は仕事が少なく収入がありません。私が住んでいるチャハルチシュマ村は貧しく、学校や病院も利用できません。そこで地震が起こり、全てを失いました。」

被災者の一人が、辛そうな面持ちでそう語りました。

冬は氷点下を下回るほどの寒さになるアフガニスタン。被災された人々は、風に吹き飛ばされそうなテントや、ありあわせの布・資材で作った“家”の中で生活することを余儀なくされました。

ありあわせの物で作った”家”の前で調査を受ける男性。(2024.2.ジンダジャン地区)

犠牲になった幼子を抱える男性、瓦礫の下から助け出された泥だらけの少年、布に包まれ並べられたご尊体、医療活動を行う人々、がれき撤去中の重機を見守る群衆…発災直後より、アフガニスタンからはたくさんの写真が送られてきました。

私はアフガニスタン担当者として、1枚1枚写真を確認していましたが、そこに写る方々や彼らの家族、待ち受けている生活難を想像すると、一人の人間として心が痛み、自分にできることを考えずにはいられませんでした。

 『これから寒い冬がくる。農作物の収穫量や日雇い労働の機会も減り、人々の生活が厳しくなるのは目に見えている。被災された方々がまずは命を繋ぎ、そして1日も早く日常生活を取り戻してほしい。』

その一心で、寝る間を惜しんで事業申請書を書きあげ、ジャパン・プラットフォームから助成金を頂きました。そして発災から25日後の11月1日、被災地へ食料と生活用品を配付する事業を開始しました。

支援開始後も、少しでも多くの支援を届けるため、ADRAとして広く一般からの寄付を募り、また個人のSNSで友人たちに寄付のお願いもしました。

現地行政との手続きに時間を要し、悪天候により配付を延期したりと、活動中、問題にも直面しました。しかし、最後には1,154世帯(約8,078人)に対し、3か月分の食料と生活用品1式を届けることができました。

当初予定していた620世帯を大きく上回ることができたのは、このブログを読んでくださっている、皆様からの温かいご支援のお陰です。本当にありがとうございました。心から感謝を申し上げます。

晴天の下並べられた配付物資。当初の配付予定日は豪雪となったことから、延期された。(2024.3.2ジンダジャン地区)
小麦、豆、油、塩の食料セットと生活物資を配付。
生活物資はガスコンロ、圧力鍋、調理器具、お皿、コップ、ソーラーライト、毛布などが含まれた。(同上)
配付受付をする女性たちの列。文化規範に則って男女別に並ぶ。(2024.3.5 インジル地区)

配付を受けた女性は、喜びの声を伝えてくれました。

『夫は4年前に薬物中毒で他界しました。私自身は、昔地雷を踏んで左足を失ったので、元より就労は困難でした。もっとも、健康体だったとしても今は女性の就労も禁止されているので働くことができません。ただでさえ経済的に苦しかった中、地震で自宅が崩れてしまいました。今の家は賃貸なので家賃を払う必要もあり、状況は厳しいです。親として、子どもたちを満足に食べさせてやれないことほど辛いことはありません。

今回ADRAの配付対象者として選ばれたので、食料や生活用品など、必要不可欠なものを受け取ることができました。子どもたちも食事を摂ることができるし、冬の寒さから身を守ることもできる。多くの困難が重なる状況の中で、本当に助かりました。言葉にできないほど、感謝しています。』

インタビューに答える義足の女性。
現在住んでいる賃貸の家も地震の被害を受けており、完全に安全とは言えない。(2024.3.26インジル地区)

現在、セキュリティ上の懸念から、アフガニスタンへの渡航は基本的に不可能です。それ故、日本にいる私たちは現地の方々の声を直接聞くことができません。それでも、インタビューを読んだ時には、女性の安心した顔、感謝の声を想像し、心が温まりました。

『物資だけではなく、希望も届けられた。』そう思えたからです。

更に嬉しいことに、この配付活動は現地から高い評価を受けました。アフガニスタン国家災害対策省のヘラート県支部から、感謝状が届いたのです。

アフガニスタン国家災害対策省ヘラート県支部からの感謝状

感謝状には、こう記されています。

 『アフガニスタン国家災害対策省ヘラート支部は、地震被災者支援に関するジャパン・プラットフォーム及びADRAの事業が、成功裡に遂行されたことに感謝の意を表します。』

本事業は5月末日をもって終了となります。しかし、被災地で支援の必要がなくなったわけではありません。地震発生から7か月が経った今も、人々の厳しい状況は変わっておらず、未だに30,000世帯近くが家とは呼び難い環境で生活しているからです。

崩れた家の前で山羊を抱える少年。
2024年5月現在、30,000棟近くの全壊家屋が支援を待っている。(2024.1ジンダジャン地区)

 アフガニスタンの人々は、それでも毎日、力強く生きています。彼らの生きる力を支えるため、ADRAは家屋建設の事業をスタートさせました。

被災地の子どもたち。
生活のため、薪拾いや羊飼いとして懸命に働きながらも、子ども同士で集まれば笑顔がこぼれる。(2024.4.ジンダジャン地区)

今後とも、温かい支援の程、よろしくお願いいたします。

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