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Nepal Survey of Development Assistance

ネパール開発支援事業 20年の足跡



○始まりは建設事業

 

ADRA Japanが1989年にネパールで最初に行なった事業は、シーア記念病院に貯水槽とそこに水を引くための水道管を建設し、病院専用の変圧器を設置するというものでした。当時のシーア記念病院には充分な貯水施設がなく、乾季には深刻な水不足に陥ることがあったことと、専用の変圧器がなく安定した電力を確保できなかったことから、病院の機能を向上させる目的で行なわれました。

この頃のカブレ郡ではシーア記念病院が唯一の総合病院であり、地域の医療を一手に担っていました。そのような重要な医療機関の給水設備や電力設備を安定させることは、地域の医療環境の向上に大きく寄与するものでした。
この事業に資金援助をしてくださった方のネームプレートは、今でもシーア記念病院の中庭にある掲示板に埋め込まれています。

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掲示板は薬局の隣にあり、多くの人の目に留まる

 

このとき設置された水道管は残念ながら2007年に破損してしまい、使われていませんでした。修理しようにも、この水道管は土中に埋設されており、数年前にその土地の上に入院病棟が建ったため、破損した箇所を特定することができないそうです。
しかし、同時に設置された貯水槽は今も使われており、草花への水やりのために雨水を貯めておく目的で使われていました。今は病院全体に雨水や川からの水を集めるシステムが構築され、この貯水槽からの水がなくても生活用水は確保できるそうです。

 

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設置された貯水槽。1万リットルの水を貯めることができる

 

また、変圧器も変わらずに利用されていました。設置から20年が経過していますが、今でもこの病院の変圧器はこの事業で設置された一基のみで、貴重な設備だと病院のスタッフは語ってくれました。

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支柱は錆びているが、変圧器はきちんとメンテナンスされている

 

この事業を皮切りに、ADRA Japanは1990年代の中盤にかけて様々な施設を建設しました。各事業には日本から多くの学生ボランティアが参加し、貴重な労働力として現地の建設業者や、その建物を利用することになる人々とともに汗を流しました。

1991年と1992年には、当時は差別や偏見を受けていたハンセン病患者さんのために、快適に生活できる清潔な住居を建設する事業を首都カトマンズのコカナ地区と、トレッキングでも有名なポカラという町の郊外で行ないました。

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長屋のようなこの住居には10人の元患者が暮らす

治療法が普及するまでは、ネパールではハンセン病にかかった患者さんは住んでいる村から追い出され、コカナ地区かポカラの郊外のどちらかに強制的に移住させられていました。
現在は薬物治療のおかげでハンセン病の菌を保有している人は誰もいませんが、元患者さんのほとんどは長年住み続けた集落を離れても行く当てがないため、この地域に留まっています。

このときに建設したのは、主に独身の方が住むアパートタイプの住宅でした。ここには今でも多くの方が生活しています。かつて引き離された家族や兄弟と一緒に暮らすこともできるようになっており、今は子供や孫と生活している人も多くいます。

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元ハンセン病患者と、その孫。
母親は隣接するハンセン病専門病院で看護師として働いている

 

この住宅建設事業は、2002年と2003年にもコカナ地区で行なわれました。このときには、家族のいる人のための一戸建てを建設しています。

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家族の規模に合わせて増築しているところもあった

 

住民たちは日本からのボランティアのことをよく覚えており、「当時は一緒に作業をした」「この壁は日本の学生たちが塗装してくれた」「一緒に撮った写真は今でも壁に飾ってある」など、当時の交流をしのばせる多くの話を聞くことができました。

 

1993年からは、カトマンズに隣接するカブレ郡を中心に事業を展開するようになりました。まず、カブレ郡の山間部にある村の医療環境を改善するため、診療所(入院設備のない病院)を建設する事業を行ないました。

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診療所のエントランス。周辺住民が集まる憩いの場でもある

 

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診療所の看板にはADRAのロゴがある。
かすれた文字が歴史を感じさせる

建設から15年近くが経過していましたが建物には目立った損傷がなく、それどころか郡の保健局からの資金援助を受けて病棟は拡充されていました。今ではこの地域の医療サービスの中核的な存在となっており、今後はさらに多くの患者さんに対処できる、入院設備の整ったプライマリー・ヘルスケアセンターへと機能を拡充しようという話も出ているそうです。

 

翌年の1994年には、カブレ郡でのADRAの活動拠点となるプライマリー・ヘルスケアセンターの建設を行ないました。この事業には日本だけでなくアメリカやカナダからも学生ボランティアが入れ替わりに参加して、5階建てのレンガ造りの建物が建設されました。

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現在は2階をADRA Nepalのオフィスとして利用。
上階はシーア記念病院内にある看護学校の生徒の宿舎になっている

現在はネパール国内の法律が変わり、今はこの建物で医療行為を行うことができなくなってしまいましたが、建設が終わった1995年から2008年の夏ごろまでは、建物内にある手術室や歯科診療室で避妊手術や口腔外科のサービスが実施され、多くの周辺住民の健康状態の改善に寄与しました。ここには今もADRA Nepalのローカルオフィスが入っており、周辺地域で事業を実施する際の拠点として活用されています。

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歯科治療設備は近隣の病院に移転され、
現地のNGOによって継続されている

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