NPO法人 アドラ・ジャパン ADRA Japan
悲劇を繰り返さないために…サイクロン被災地にシェルターを!
MYANMAR Cyclone Disaster
ミャンマー / サイクロン被災者支援
ミャンマー便りブログ

Myanmar Disaster ADRAインターナショナルからの写真とメッセージ

2010年 シェルター建設事業

事業地の様子

タウンレイ村(Thaung Lay
かつてこの村には967名の人々が暮らしていましたが、サイクロン「ナルギス」によって198名が死亡もしくは行方不明となりました。

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ウラジさんとその家族

写真右から2人目のウラジさんは、サイクロンがこの村を直撃したときのことを、次のように語ります。「海から2回、別々の方向から強い風が吹いた後、自分の家や周辺の家がすべて無くなっていました。」

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当時の様子をADRAスタッフに説明するウラジさん

「孫をボートに乗せて流されないように縛り、私はそのボートを引いて橋に逃げました。」

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ウラジさんが避難した橋

この橋はADRAミャンマーが建設したもので、ウラジさん達370名がこの橋にしがみついて何とか生き延びたといいます。
サイクロン被災後の人口推移を経て、今では170世帯607名がこの村で生活しています。

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タウンレイ村の僧院

 

この村の僧院は、人々の寄付によって建てられました。
中に張り詰めている空気は静かで威厳がありますが、建物自体は木や竹を用いた伝統的なものです。
この村には、先に紹介した橋以外にコンクリート製の建築物がありません。
そのため村長さんは、「ADRAがシェルター建設を支援してくれてとても嬉しい。将来、災害が起こっても、これで逃げる場所ができた」と話し、完成を心待ちにしています。

 

アマカレイ村(Ah Mat Ka Lay

サイクロン「ナルギス」前、この村の人口は999名でしたが、被災によって161名が死亡もしくは行方不明となりました。現在は、155世帯575名が住んでいます。

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アマカレイ村の波止場

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エー・エー・タさんとその家族

写真右から2人目のエー・エー・タさんは、「6月には沖合で2度の地震があり、津波がこないか心配でした。2004年の津波、2008年のサイクロン以来、水害に対する不安や恐怖が強くなっています」と語ります。

この村にはコンクリート製の学校や教会があります。しかし、「ナルギス」被災時、一見すると丈夫そうな木組み・レンガ造りのかつての教会が崩れ落ち、そこに避難していた人々約25名が亡くなりました。

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新しく建て直された教会

このように、どれだけ丈夫そうな建築物があったとしても、専用に設計・建設されたシェルターが、少なくとも1村に1軒は必要であると考えられます。先に紹介したエー・エー・タさんも、シェルターの必要性を訴えています。

 

 

クインパル村(Kwin Pauk

この村は、他の2つの村と比べて大きく、サイクロン「ナルギス」前には1200名の人々が生活していました。被災した結果、68名が死亡もしくは行方不明となり、現在の人口は1223名(310世帯)となっています。

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クインパル村の様子

村長さんは、「この村は海に囲まれた島のようなものだから、「ナルギス」被災後、村人の間には自然災害に対する恐れが広がっている」と言います。

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クインパル村の先端に広がる砂浜

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「ナルギス」によって破壊された住居の跡

この村には診療所があり、「ナルギス」被災時、人々はここに逃げ込んだり、ヤシの木やマンゴーの木に登ったりして命拾いしたといいます。

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クインパル村の診療所

診療所近くの学校からは子ども達の元気な歌声が聞こえますが、学校の天井はビニールシートで補修されています。

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クインパル村の学校

普段は穏やかな海が二度とこの村を襲うことがないように願いますが、万が一の場合には、ADRAが建設するシェルターを頼りにして欲しいと思います。

(2010.09.21更新)

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