熱くなるもの重要だ

人生で一番幸せだった瞬間は、と聞かれたら「夜桜の下で踊ったことです」と答えるだろう。

頭上に満開の夜桜が広がってぐるりと一回転。素足に春のアスファルトは冷たく、細かな砂利の粒がこすれてヒリヒリする。リズミカルに繰り返す和太鼓の音と雑踏からこぼれる笑い声で、空気はほてっていた。

私の通った大学には、正門からロータリーに向かう一直線の桜並木があった。両側車線のその道は5分では歩ききれないほど長く、元々飛行場の敷地だったことに由来して「滑走路」と呼ばれていた。

4月の入学式が終わると、新入生が帰路につくその並木道にクラブやサークルが新人勧誘のブースを出す。1年生を呼び込んで、リクルーティングをするのである。といっても、ほとんどの団体では新入生はぱらぱらと訪れる程度で、「花見」と言われる所以の通り、もっぱら既存の部員の団欒の場になっていた。

所属していたモダンダンス部の隣に、和太鼓部のブースが配置されたのは大学4年の時だった。

紅茶でのんびり暖をとる私たちと対照的に、和太鼓部は太鼓を持ってきた。ブルーシートの上に縦にした宮太鼓を据え、気が向くとぱらぱらと打ち鳴らす。体全体に響いてくるようなリズムは、気まぐれであっても胸を打つ。日が完全に落ちて、道行く新入生が少なくなり、反対に先輩たちの姿が増えてきたころに思い切って声をかけた。

「一曲叩いてもらえませんか。」

車座の部員達の中から男子2人が立ち上がり、綿棒のような形をしながら、その何倍もあるようなバチを握った手で、ドッドド、ドッドド、ドンドンドンドン…と太鼓を鳴らし始める。その音に合わせて即興で踊った。

道行く人たちが立ち止まって、小さな輪ができた。知っている顔もあれば、知らない顔もあり、「何かやってるね」と、ちょっとした期待の眼差しで、じっとこちらを見ている。少し派手な動きも入れよう、と高く脚を上げたり、跳んだり、皆を囃しながら駆け回ったり。高揚した花見の空気が心地良かった。

頭上には照明に煌々と照らされた夜桜。いつまでも踊っていたかった。渾身のジャンプでしめて、「ここまで!」とお辞儀をしたら、見ていた人達から拍手が起きた。

人と人との間に、なんだか知らないけれど熱いものが流れる瞬間が好きだ。それは全く知らない人との間にも生まれるし、もちろん、仕事の中にもある。先輩が語る新しい理論に触れているとき、誰かがプロジェクトのアイディアを話し始めたとき、少しだけあの時を思い出す。

冷静に、着実に、だけれど、心に燃える何かを持って、世界と接していたいと思う。

執筆:市川 結理

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