NPO法人 アドラ・ジャパン ADRA Japan
Philippines Support For victims Water Damage
フィリピン / 水害被災者支援事業

フィリピン水害背景

2009年9月26日にマニラ圏を襲った台風16号「ケッツァーナ(Ketsana)」は時速100kmでフィリピン諸島を横断しました。首都の80%が水害にあう非常事態となり、床下浸水、家屋沈水、土砂崩れなどによる被害は甚大です。


より大きな地図でフィリピン水害被災者支援を表示



この災害に対し、9月26日フィリピン政府は「国家自然災害事態」を発令し、アロヨ大統領も「過去40年にない大洪水であり、首都の80%が沈水する非常事態。 自国だけでは対応しきれない」と発言しました。

Philippines

 

時を経ずして、次なる大型台風がフィリピンを通過します。10月3日から数日間に渡って台風パルマが螺旋を描き、何度も何度もフィリピン北部を横断しました。相次ぐ被災に土壌は弱まり、水害のみならず土砂崩れにより人々が生き埋めになる事故が多発しています。

 

Philippines Philippines

 

国際連合のジョン・ホームズ緊急援助調整官は10月6日ニューヨークで記者会見を開き、台風で大きな被害を受けたフィリピンへの緊急援助の必要性を表明し、総額74億円の支援が求められていると世界に訴えかけました。

 

10月13 日現在の被災状況
台風ケッツィーナによる被災者数:432万699人
台風パルマによる被災者数:254万6,101人
(参照:Relief web, OCHA Situation Report)

(写真:ADRA Philippines)

 

洪水・水害とは?

古来、雨は喜ばれるものでした。恵みの雨による洪水は、肥沃な土をくまなく運び、人々に充分な収穫を与える。雨は喜ばしい対象でした。

 

しかし現代では気候変動の影響を受け、予期しない規模の、突発的な台風による洪水、水害が相次ぐようになりました。

 

水害は一時的であっても、その被害は甚大なものになります。

 

今回のフィリピンの水害は、長期型であることから、さらなる被害が重なります。

Philippines Philippines

(参照:ALNAP 2008 Floods disaster 2008)
(写真:ADRA Japan)

初動調査・配布事業 - 1

ADRA Japanは現地で活動するADRAフィリピン支部と協力して支援を開始しました。
ADRA Japanは2009年10月3日、職員1名をフィリピンに派遣し、(特活)ジャパン・プラットフォーム(以下、JPF)より助成を受け、フィリピン水害被災者支援初動調査を開始しました。ADRA Japan職員が調査をした被災地はどういう状況だったのか。以下報告です。

 

地域背景

ラグナ州ビニャン町

多くのNGOが水害被災者援助を開始していますが、地方への基盤がないためマニラ圏内を中心とした援助活動ばかりが展開されています。震災直後からラグナ州はOCHAにて「最優先地域」と言われながらも他のNGOが入れずにいる地域の1つで、まだどの国際機関やNGOも活動していない状況でした。
特にビニャン町の水害はひどく、震災一週間後も水深は膝や首までありました。さらに台風パルマが10月3日にフィリピンを通過しました。ADRA職員が調査に入った頃には、上流のダムが放水を実施し、水量が増加、避難センターの一階部分が浸水したため、避難民が再避難をする状況でした。

PhilippinesPhilippines Philippines Philippines

ラグナ州サンペドロ町

ビニャン町に隣接するサンペドロ町にも調査に出ました。ビニャンの次に、水没地域の大きな町です。現地行政機関を訪問すると、この土地はマニラからの高速道路が直通していることから比較的物資が入っていることが判明。また、災害対策を担当しているDepartment of Social Welfare and Development (DSWD) の担当官ファティマ氏からも続々と支援機関が支援の申し出をしている旨を聞きました。

Philippines

以上から、ADRA Japanはビニャン町にて、どのような支援が必要なのかを検討しはじめました。

 

町の様子

ビニャン町マラバン村は、村のほとんどが浸水、水没しています。水が膝までの高さであれば歩けますが、腰、頭までのところでは茶色ににごる水の中で自由に移動をするわけにもいかず、船を使って移動をすることになります。1階部分は半分以上が水没しているため、多くの人たちが屋根の上や2階で生活をし、鶏や飼い犬までが屋根の上を歩いていました。
水面にはゴキブリの死体、ねずみの死体、汚物などが浮き、衛生状態は劣悪な状態でした。

 

PhilippinesPhilippines

 

避難センター

洪水で家を壊された人、また家が水没して家に戻れない人が避難センターに押し寄せていました。センターとは言っても、もともとは小学校や中学校であり、日中は授業が行なわれています。校舎の70%が避難民用にあてがわれ、30%が教室として使われています。子供たちは短縮授業(半日)を受けることで、この調整を可能としていますが、この体制が長期に渡る場合には、子供たちの教育に影響を与えることになってしまいます。

また、学校が施設の水道代、下水代、電気代を負担していることから、そのコストは莫大なものとなり、「消灯時間」「節水」などが設けられるようになり、避難民の生活は厳しいものになっています。
ひとつのクラスに16家族(1家族約5人なので、80人)が暮らす状況であり、一番の必要とされるものは全員一致で「食料」でした。
また、みなコンクリートの床にダンボールを敷いて寝る、もしくは生徒用の椅子を並べてその上で寝ている状態であり、充分な睡眠が取れない環境にありました。蚊の発生により、マラリアやデング熱の脅威も近い状況でした。

 

Philippines
PhilippinesPhilippinesPhilippines Philippines

以上のような調査の結果、被災者家族が自力で食料調達できる可能性は非常に低く、短期的な食料配布は急務であることが分かりました。また現在避難センターに滞在している被災者は、寝具などを持っておらず、この雨季、台風の寒い季節に暖を取る術がないこと、また洪水が引いた後の水溜りでは蚊の大量発生が予測され、マラリアやデング熱などの脅威も迫っていることから、二次災害を防ぐためにもマット、毛布、蚊帳の配布が被災地域では焦眉となっているため、再度行政とニーズの確認を行ない、事業計画を立てました。

 

 

支援物資を受け取りに並ぶ人々

Philippines
Philippines Philippines

 

支援物資配布の様子については、
http://blog.canpan.info/adrajapan/category_9/
フィリピン水害被災者支援の第七報、第八報をご覧下さい。

 

フィリピンでの活動は、今後もホームページにて紹介していきたいと思っています。
みなさまからのこれまでのご支援に心から感謝するとともに、引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。

配布事業 - 2

地域背景

台風ケッツァーナ後も相次いで大型台風に見舞われたフィリピンでは、水害が長期化し、被災規模がふくれあがりました。ADRAが支援したラグナ州ビニャン町近辺では、ラグナ湖からあふれた水が引かず、人々はボートでの移動を余儀なくされていました。

philippines philippines
2009年10月。調査を行なう
ADRA Japanスタッフとボランティアたち
台風通過より3週間経過するも、
未だ水の引かない被災地

 

調査結果より、避難所での生活者に対する支援は他団体などからも行なわれるようになった一方、避難センター外の被災者に対しては、物流的な困難さもあり、支援が行き届かない状態であることがわかりました。これを鑑み、ADRAは避難センター外の被災者を中心に支援活動を行なうことにしました。

philippines
2009年10月。
避難センター外で生活する人々。
ロラさんの家には、避難してきた6家族が住む。

事業内容

2009年10月29日から11月28日の1ヶ月間、(特活)ジャパンプラットフォームより助成を受け、前事業より継続して、緊急支援物資配布事業を実施しました。1週間分の食料パッケージとマット、毛布、蚊帳などを2,901家族、13,309人に配布しました。

 

philippines philippines
2009年11月。
ADRAボランティアによる配布物資梱包作業。
philippines philippines
2009年11月。
物資配布の会場(左)にて、ADRAスタッフが内容物の説明(右)を行ないます。
philippines philippines
2009年11月。配布物資を受け取った避難所外に住む被災者たち。

被災地からのメッセージ

ビニャン町小学校で避難生活をしているローズさん。

philippines「水害が起きてから受けた支援物資の中で、ADRAの物資が一番よかったです。十分な食料と寝具がそろっていました。今までは子どもたちに物資を受け取りに行かせていました。ADRAの時も少量だろうと思って子どもに取りに行かせたら、あまりの量で子どもたちは運べなくて戻ってきました。物資の量に驚き(8キロの米を含めて約13キロの食料)ました。とても感謝しています。」

 

ビニャン町ロリメルさん、27歳。

philippines「台風が起こった時、子どもたちと家にいました。壁も屋根も壊れてしまい、子どもも水に落ちそうになりました。その夜は水害で眠れませんでした。ADRAの配給チケットを貰った時に嬉しくて涙が出てしまいました。ADRAは今まで行った配布場で一番わかりやすい配布方法で、助かりました。支援者のみなさん、ありがとうございました。多くの人が助かり、帰り道には喜びの涙を流しながら家に帰る人々が大勢いました。」

 

ビニャン町ノーリンダさん

philippines「ADRA Japan様。ありがとうございます。ADRA Japanの活動に心より感謝します。ADRAに神のご加護を。」

 

 

 


 

地元ビニャンから参加したボランティア

philippines

「ビニャンにきてくれてどうもありがとう。日本の人にも私たちの感謝をぜひ伝えてください。」

ノーリンダさんが直筆で書いた手紙、台風で親族が集まり、助け合う姿を見て「結束が強まってうれしい」と語る92歳のロラさん。
「支援がとても嬉しい。でも早く自力で生活できるように頑張りたい」と語る女性たち。フィリピンの被災者たちの生の声を伝えるブログにて紹介しています。是非ご覧ください。

フィリピン水害被災者支援活動のブログ:

http://blog.canpan.info/adrajapan/category_9/

 

担当スタッフより

フィリピン水害被災者支援初動調査/配布事業-1担当 会田有紀

事業が計画通り無事終了したことにあたり、日本の支援者の方々をはじめ、フィリピンのボランティア、支援物資を受けた被災者の方々など、この事業が本当に多くの方々のご協力によって成り立っていたと実感しています。

フィリピン水害被災者支援配布事業-2担当 高橋リサ

事業を行なう中で強く印象に残っているのは、支援を受け取った人々の笑顔。私達が日々当たり前に得ている食料、寝具というものが、とても大きな重みで感謝されたことに感動しました。 何も大規模事業をしているわけでも、偉大なことをしようとしているわけでもありません。小さな、日常に密接なことの支援を通して、フィリピンの人々の琴線に触れることができました。小さな、しかし温かい希望を日本からフィリピンに届けることができたことをうれしく思います。

フィリピン水害被災者支援事業 本部事業担当 千葉あずさ

「来てくれてどうもありがとう。日本の人に私たちの感謝をぜひ伝えてください。」避難所で生活する被災者、水没した自宅の屋根上で生活する被災者、そして現地学生ボランティアから、毎日、熱い握手と感謝の言葉で迎えられていたこと、ここに報告いたします。ADRAが目指す「人間としての尊厳の回復と維持」のための活動。無事に遂行することができたのは、全てご支援くださる皆様のおかげです。心から感謝申し上げます。

 

 


リンクと著作権について / 個人情報保護について