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Liberia Humanitarian aid

リベリア人道支援第一期事業「ニンバ州給水施設建設事業」
〜スタッフの現地レポート〜


7.ご協力ありがとうございました。(8月10日)

6.事業終了(7月7日)

5.ズオ、ズオ、ズオ(6月15日)

4.空からの贈り物(5月16日〜6月2日)

3.井戸建設に携わる人々(5月16日〜6月2日)

2.井戸建設進行中(5月16日〜6月2日)

1.首都モンロビアからニンバ州へ(2004年5月5日)

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プロジェクトは終了いたしました。みなさまのご協力に深く感謝いたします。

7.ご協力ありがとうございました。(8月10日)

7月20日、無事に帰国することができました。皆様からは色々とご協力していただき、本当にありがとうございま した。前回ご報告したように井戸建設事業も終了し、ニンバ州の人々に大変喜ばれました。しかし、内戦の被害は計り知れないものであり、支援の必要性は未だ 高いままです。これからもリベリア支援を続けていくため、調整をおこなっております。これからもリベリア支援事業のご協力をお願い致します。


6.事業終了(7月7日)

2004年7月1日をもちまして、(特活)ADRA Japanがおこなっていたニンバ州における給水施設建設事業は無事終了することができました。結果として、5本の井戸新設と10本の井戸修繕を5つのコ ミュニティ、2つの県でおこないました。15本全ての井戸はコミュニティの人々に贈呈し、推定受益者は約12,000人に達しました。皆様のご協力をここ ろよりお礼申し上げます。

この事業により多くの人々に対して安全な飲み水を提供することができましたが、支援の必要性は計り知れず、食糧や住居、学校、クリニックなど不足しています。ADRAリベリア支部を通して、これからも出来る限りの支援を続けていきたいと思います。


5.ズオ、ズオ、ズオ(6月15日)

井戸建設・修復作業は着々と進んでいます。数多くの建設事業が国内で始まった影響を受け、トラックの手配やセメ ントの受注が難しくなってきている上、雨季による大量の雨が粘土質の道路状況を悪化させており、多少作業に遅れがでているものの、5つ中2つの村で建設・ 修繕事業がほぼ終了し、先日贈呈式をおこないました(写真参照)。

Liberia Liberia Liberia
贈呈式1 贈呈式2 完成した井戸

食べ物が少ないにも関わらず、食事を出してくれたり、感謝の気持ちを込めてパイナップルやニワトリ、ヤギなどを 贈り物としてくれました。「何もなくてごめんなさい」と言いながら。こちらは何かをもらおうと思って支援をしているわけではないのですが、これが彼らの本 音なのでしょう。
式が終わると村人が口々に「ズオ、ズオ、ズオ」と言いながら握手を求めてきます。現地語であるマノ語で「ありがとう」という意味。村長さんも「ズオ、ズ オ」と何度も繰り返していました。そして、「私たちの村はまだまだ支援が必要です。学校がありません。食糧が足りません。農機具が不足しています。これが 最後の支援にならないことを祈っています。私たちはADRAのメンバーをいつでも歓迎します。」と最後に言いました。「今後も支援を続けられるよう、あな たたちの真の気持ちを伝え、私も頑張ります。」と返答しました。それしか今の自分にはできません。自分にできることは、この人たちの本音を多くの人に伝え ること。皆さんにも私を通じて、彼らの本音が伝われば良いのですが。皆さんからのちょっとした支援が、彼らの生活を少しでも支えることになるでしょう。


4.空からの贈り物(5月16日〜6月2日)

リベリアの子供たちの一日は家の手伝いから始まります。家の周りをほうきで掃く係り、洗濯をする係り、食器を洗 うかかり、食事の支度を手伝う係り、子守をする係り。。。その係りは様々なもので、朝の6時頃からせかせかと働きはじめます。7時からは学校に行き、午前 中で帰ってくるや否や、また家の手伝いをします。

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木を運ぶ子供 洗濯を手伝う子供たち

そんな彼らのおやつといえば、空から降ってくる甘い果実。家の周りや森の中には、数多くのマンゴーの木があります。「がさがざ」という音と共に彼らはマン ゴーの木をめがけて走り出し、落ちてきたマンゴーを我先にと取りにいきます。自然に落ちてくるのが待てない子供たちは、小石や枝を投げては、マンゴーを木 から落とそうと必死です。落ちてきたマンゴーは彼らにとっての恵みの種。
たまには小さい子に分けてあげたりしながら、おいしそうにマンゴーを食べている姿を見ると、日本の子供たちの姿が思い浮かびました。スーパーに行ってお 菓子を買ったり、お菓子売り場で駄々をこねて泣きじゃくったり。どちらの環境の方が子供たちにとって本当によいのでしょうか。自分の小さい時は、つつじの 花の蜜をすったりしたこともありました。兄弟の多かった我が家庭では、おやつといえばバナナかりんごで、週末になると、ベビーシュークリームが2つずつお 皿にのって出てきたような。。。自然に落ちてくるマンゴーは、今流行の「無農薬」であり、こちらの方がよっぽど良いおやつのような気がします。毎日あると は限りませんが。。。

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マンゴーを食べる子

3.井戸建設に携わる人々(5月16日〜6月2日)

井戸建設は現地住民の協力のもとおこなわれています。内戦によって仕事を失った人が多く、毎日多くの人が職を求め、ADRAのサクレピー事務所に訪れま す。井戸建設にあたっては、リベリアの隣接国である、コートジボワールからの難民の人達が数多く携わっています。サクレピーにはコートジボワール紛争から 逃れてきた人達のための巨大な難民キャンプがあります。ニンバ州で内戦が広がったとき、この難民キャンプはリベリア人の避難民キャンプとも化しました。
ADRA Liberiaは過去にこのキャンプ内でシェルター建設の事業をおこなった実績もあります。このように、今回の井戸建設にあたっては、リベリア人の現地住 民だけでなく、コートジボワールといった隣接国より難民としてリベリアに逃れてきた人々の雇用も積極的におこない、これら人々の生活も支援しています。

リベリア人は内戦から逃れるために隣接国のシエラレオネやコートジボワールに逃れ、コートジボワール人は紛争から逃れるために隣接国のリベリアに逃れ る。リベリア人は一体何を求め紛争中のコートジボワールに行き、コートジボワール人は何を求め内戦中のリベリアに来たのでしょうか。結果的には逃れた先の 国々も紛争が続いており、待っていたのは混乱と貧困の中での生活でした。彼らが早く自分達の故郷へ帰れるよう、支援を続けていきたいと思います。

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サクレピーの難民キャンプ
※リベリア、コートジボワール、シエラレオネの3カ国では長期にわたる紛争が終結しましたが、隣国に逃れた難民や国内避難民たちは帰還できない状態が続いています。

2.井戸建設進行中(5月16日〜6月2日)

●井戸掘りが進んでいます!
雨季に差し掛かったにもかかわらず、日中の天気は比較的良く、井戸建設も順調に進んでいます。井戸を掘る場所は地域住民の人々との話し合いで決めまし た。場所によっては地盤が固く、掘るのに時間がかかります。もちろん重機などはないので、掘るのも掘削具を使用しての手作業となります。深くなればなるほ ど降りるのも難しくなり、また中は薄暗くなります。しかし、現地の人はこのような井戸の掘り方に慣れており、井戸内に降りていくのも、壁にあけられた穴を 足場の代わりにしまるでスパイダーマンのように下に下りていきます。足元が滑って落ちないかと心配になって中をのぞく自分の足が竦むほどです。

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井戸掘りの様子 井戸の中
Liberia 井戸は約8メートル掘ると水が出る深さに達し、乾季でも水が枯れないように、さらに数メートル掘ります。水が勢いよく流れ出てくる深さまでいったら、カル バートと呼ばれるコンクリートの輪を井戸内に積み重ねていきます。この作業も容易ではなく、何人もの人が滑車を使用して少しずつ下げていきます。失敗して 落としてしまうと、この輪にひびが入り、使用不可能となってしまいます。輪と輪の間は少量のコンクリートで固定し、さらに積み上げていきます。1本の井戸 に約15から20のカルバートを入れますが、およそ2日から3日かかります。

これらカルバートは首都モンロビアよりトラックで運ばれてきます。一台のトラックに約15しか入らないので、トラックは週に2〜3回往復しています。こ のカルバートを下ろすのにも多くの人が必要で、慎重に下ろさなければ怪我の原因になったり、カルバートにひびが入ってしまい、使用できなくなってしまいま す。
日本でおこなわれる建設とは打って変わり、全ての工程において、手作業でおこなわれています。リベリアの人々の体力と手法に日々驚かされています。
カルバートを入れる様子
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カルバートを下ろす様子

1.首都モンロビアからニンバ州へ(2004年5月5日)

●リベリア入り
2004年4月22日、リベリア入りしました。今後、ホームページ上で現地の様子をお知らせしていきます。

●ニンバ州へ
首都モンロビアから約500キロ離れているニンバ州で給水施設建設事業をおこなうために、ランドクルーザーを購入しました。モンロビアからニンバへの道 は、途中に通過するギニア国境近くの町Gantaまでは道が舗装されていますが、大きな穴があいているところもたくさんあります。また、Gantaから目 的地のタピタ(Tapeta)へ行く道は土のままで、雨が降るとぬかるんでしまい、ランドクルーザーでもなかなか進めないときもあります。支援を必要とし ている帰還民の人々はこのような奥地に住んでいます。

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購入した車
 
Liberia Liberia ●破壊された家や学校
UNMIL(国連リベリア・ミッション)の配置により、難民キャンプから元々すんでいた村に戻る人が増え始めています。しかし、多くの家々は焼き討ちにあったり破壊されてしまっています。
また、学校も破壊されている所が多く、未だ再開されていない所も多くあります。その多くは町と町の間に点在する村の学校で、屋根がなく教材なども略奪されてしまっており、再開の目処がたっていないと村民に説明されました。
破壊された家 壊れた学校
     

●現地の人々の生活
何もかも失ってしまいゼロからのスタートであっても、食べていかなければいけない村の人々は、天下の中草むらの奥地の畑で農業を始めています。現在、食べ物も豊富ではなく、森の中で見つけてきたマンゴーやバナナを路上で売る人も見受けられました。
井戸に関していえば、壊れてしまって水が出ないもの、ポンプがなく蓋がされていないものなどが数多くあります。また、村唯一の井戸もポンプが壊れてし まって水がでないこともあり、人々は近くの川や水溜りまで水汲みに行き、飲み水として利用しています。ほとんどの井戸で塩素処理がおこなわれておらず、人 々は生水をそのまま口するため体調を崩す人も多いようです。村に帰って来ても生活基盤が整っていないので、大変な思いをしながらも、村の再建のために日 々、子供も大人も老人も協力して働いています。
次世代のために、子供達が将来安全に暮らせる国を作るために、多くのNGO、国連機関などが協力して各種支援活動をしています。ADRAもまた、他団体と手を取りながら支援活動を続けていきます。

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現地の井戸

 



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