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リベリア人道支援


9月より「ニンバ州緊急教育基盤整備事業」が始まりました

リベリア共和国

少年兵の問題

ジャパン・プラットフォーム合同初動調査に参加

ADRAの活動

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プロジェクトは終了いたしました。みなさまのご協力に深く感謝いたします。

9月より「ニンバ州緊急教育基盤整備事業」が始まりました。
(特活)ADRA Japanは2004年4月〜6月、ジャパン・プラットフォームの支援を受けて、リベリアにて「ニンバ州給水施設建設事業」をおこないました。皆様のご協力により、事業が実施できたことを心より感謝いたします。
2004年9月からはリベリア人道支援第二期事業として「ニンバ州緊急教育基盤整備事業」を開始し、再び日本人スタッフを10月に派遣します。前事業に引き続きニンバ州で、学校補修などの教育基盤整備をおこないます。この事業はジャパン・プラットフォームの支援を受けています。

スタッフの現場レポート(リベリア人道支援第二期事業:ニンバ州緊急教育基盤整備事業)

スタッフの現場レポート(リベリア人道支援第一期事業:ニンバ州給水施設建設事業)


 
リベリア共和国
リベリアは西アフリカに位置する人口304万人の国です。米国からの開放奴隷によって建国された国で、国名は英語の自由「リバティ」に由来しています。しかし、建国以来、開放奴隷の子孫と先住民との間で政権をめぐる対立が続いていました。
1989 年には政府軍と反政府軍のとの内戦が始まり、およそ73万人が難民となり、国内避難民の数も150万人に達しました。1996年に一度は停戦が成立したも のの、2002年初めに戦闘が再開し、約13万人が国内避難民となっています。2003年8月にテーラー元大統領が亡命し、14年間の内戦から復興への一 歩を踏み出したところです。

少年兵の問題
長年の内戦の中で、目の前で家族が殺されたり略奪にあったりした人は少なくありません。人々は体だけでなく心の傷も負っています。それ以上にむごいこと は、少年兵の多さです。リベリアの内戦に従軍した兵士の半数以上が18歳以下ともいわれるほどです。殺さなくては殺されるという状況におかれ、銃を取らな ければならなかった子どもたちが多く、中には6歳くらいの子どももいたという報告もあります。
Liberia

ジャパン・プラットフォーム合同初動調査に参加
ADRA Japanは、2004年2月22日から3月2日、ジャパン・プラットフォーム(略称:JPF)の支援を受けて、JPF参加団体ワールド・ビジョン・ジャパンとピースウィンズ・ジャパンとともに初動調査をおこないました。国連機関やNGOとの協議、また現地を視察し、どの分野にも援助の必要性があることを 改めて考えさせられました。
UNIMIL(国連リベリア・ミッション)の展開により、多くの難民・避難民が帰還を始めています。しかし、元住んでいた村や町は戦闘によって住居や井戸などの生活環境や、畑なども壊滅状態です。リベリアの雨期は6月から始まります。それまでに、どれだけの支援をおこなうことができるかが重要となります。

ADRAの活動
ADRA は1993年からリベリアでの活動を始めています。昨年は首都モンロビアにおいて、生活用品、学用品、食糧の配布、国内避難民キャンプでの水供給事業などをおこなってきました。国内避難民の帰還が進み、2004年1月には50人くらいしかいかなった地域に、1ヶ月の間に約5万人が帰還しました。しかし、帰還民は戦闘で破壊され尽くされた街で生活することができないという状況の中で、人々は支援を必要としています。

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ADRAリベリアによる食糧配布 現地の子どもたちとADRA Japanスタッフ

 

 



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