国際協力NGO ADRA Japan
ADRAとは?

スタッフ一覧

ADRA Japanで働いているスタッフをご紹介します。

ADRA Japan常務理事、事務局長
事業部
ADRA Japan理事、事業部長
国内事業課
総務部
マーケティング部
マネージャー
永井 温子
永井 温子




スタッフ紹介

ADRA Japan常務理事、事務局長
浦島 靖成(うらしま やすなり)

浦島 靖成
経歴
学生時代、三育学院のボランティアサークルATI(アジアとともに生きる会)に入会。タイ、インドネシア、スリランカで行われた、教会堂や校舎などの建築活動に参加。卒業後、三育学院・宮崎・都城・広島三育学院・札幌の各教会牧師を経て(途中1年半フィリピンに留学)、2011年4月よりADRA Japan 支部長補佐、2011年10月よりADRA Japan支部長に就任。家族は、妻と娘と息子と犬。
メッセージ
ADRA は、聖書に書かれている黄金律(人からしてほしいと思うことを人にもその通りにしなさい)を体現する場であると思います。「自分が何をしたいのか」ではなく、「相手が何をしてほしいと思っているのか(相手の必要は何か)」にいつも焦点を当てつつ、活動を展開することができればと願っています。ADRA Japan の歩みが支えられるよう、皆様のお祈りの内に覚えていただけたら幸いです。

 

事業部

ADRA Japan理事、事業部長
橋本 笙子(はしもと しょうこ)

橋本 笙子
経歴
システムエンジニア、短大講師の傍ら、野外活動指導者として青少年育成活動に携わる。1988 年、ADRA の青年海外ボランティア活動であるマレーシアでの井戸掘りに参加。その後も仕事を続けながらADRA Japan のボランティアとして海外プロジェクトに参加し、国内ではデータベース作成など事務処理のボランティアとして関わりながら、国際協力について学ぶ。1996 年にADRA Japan のスタッフとして広報を担当し、1999 年からは団体の運営・事業全般に関わる。特にコソボ、リベリア、スーダン(ダルフール・スーダン南部)、中国四川大地震などの緊急救援事業で成果をあげる。現在は事業部長として、緊急救援事業、開発支援事業、国内事業全般を統括している。2児の母。
ジャパン・プラットフォーム(JPF)NGOユニットの副代表幹事、日本UNHCR-NGOs評議会(J-FUN)の共同議長、災害即応パートナーズ(PDR)の共同代表などを歴任。
Marie Claire2009年3月号の「プラネット・ウーマン100」に選ばれる。
メッセージ
ボランティアでADRAの活動に参加し、マレーシアに井戸掘りに行ったのが1988年。会社勤めをやめ、ADRAにフルタイムでかかわるようになったのが1996年。多くの出会いの中で、多くの方々に支えられ、今まで活動することができました。これからも出会いを大切にしていきたいと思っています。

 

海外事業課

 

マネージャー/ネパール事業、ジンバブエ事業担当
前川 龍太(まえかわ りゅうた)

前川 龍太
経歴
高校生の頃から、困難な状況に置かれている人々の役に立つ仕事をしたいと思ってきました。大学では政治学とジェンダー・セクシュアリティ研究を専攻し、差別問題を中心に学びました。その中で、ADRA Japanでのインターンシップや海外でのボランティアに参加することによって、国際協力に強く惹かれるようになり、ADRA Japanで働かせて頂くことになりました。
メッセージ
貧困といわれなき差別のために苦しみを抱えている人々が、未だに日本を含めて世界中に数多くいます。特に、抱えている問題が十分に認知されていないため、全く支援を受けられていない人々は、非常に厳しい状況に置かれています。ADRA Japanのミッション・ステートメントには、「人間としての尊厳の回復と維持」が謳われています。「人間としての尊厳」とは一体何を意味するのでしょうか?この言葉の意味を常に問い続け、これに立ち返りながら、苦しみの中にある人々の役に立てるよう精一杯励んでいきます。

 

東日本復興支援事業(福島)、南スーダン難民支援事業、ジンバブエ事業担当
会田 有紀(あいだ ゆき)

会田有紀
経歴
大学で教育学を専攻後、民間企業に勤めました。しかし、国際支援の現場で働く夢を捨てきれず、5年で退職しました。その後、大学院で再び教育学を学び、2007年に外務省NGO専門調査員としてADRA Japan に派遣されました。派遣期間終了後もADRA Japan でスタッフとして働いています。会計、支援者窓口、国内災害、ネパール事業、ベトナム事業、ラオス事業を経て、2012年6月より東日本大震災被災者・復興支援事業を担当しています。

メッセージ
国際協力の経験がなかった私は、これまでADRA Japan の仕事を通じて出会った人々に教えられ、支えられながらやってきました。これからも、日々、仕事で出会う人々や出来事を大切に、事業とともに成長していきたいです。どうぞよろしくお願いします。

 

イエメン事業、アフガニスタン事業担当
石橋 和博(いしばし かずひろ)

石橋 和博
経歴
小学生の時に高校生の姉と兄がADRA Japan海外ボランティアプロジェクトに参加していたのをきっかけに、自身も高校生時代に2回、ADRA Japan海外ボランティアプロジェクトに参加。三育短期大学英語コミュニケーション学科を卒業し、海外留学の夢をかなえるためオーストラリアにあるアボンデール大学付属英語学校に入学。2005年より同大学の国際協力学科及びマスコミュニケーション学科を専攻。在学中の2006年より長期休暇を利用して、ADRA Japanで事務局インターンとして活動。2008年に大学卒業後、ADRA Japanで勤務開始。ミャンマー・ジンバブエ・インドネシア・ハイチと4カ国の緊急支援事業に携わる。自ら撮影したジンバブエ被災者支援事業の映像を編集して「第1回ドキュメンタリー動画祭」に応募し、【優秀賞】を受賞。3児の父。
メッセージ
「百聞は一見にしかず」といいます。高校時代にADRA Japanに関わって以来、 そのことを強く感じます。やはり人から聞いた情報と、現地に行って目で見て 確かめた情報では訴えかけてくるものが大きく違います。その差を埋めること ができるように、現地からの写真やビデオなどで現地の状況をわかりやすく皆 様に伝えていけたらと思っています。

 

シリア難民支援事業(レバノン)担当
伊東 彩(いとう あや)

伊東 彩
経歴
大学生時代に約半年間、ケニアで開発支援を行なうNGOのインターンシップに参加しました。大学卒業後は同NGOの事業調整員としてケニアに約2年半滞在し、主に地域保健活動と小学校でのエイズ教育や早期性交渉・妊娠予防の活動に携わりました。2015年1月からADRA Japanで勤務を開始し、シリア内戦による難民を支援するレバノンでの事業を担当しています。

メッセージ
現地の人々が、自分の力でなんとか課題の軽減・解決に向けた取り組みを行なえるようになることが、私が開発支援に携わる際の大きな目標です。支援を通じて、現地の人々の「自分たちで何とかできる」「何とかしたい」という気持ちを少しでも引き出せたらと考えています。
日本にいると支援が必要な地域の悲しいニュースが多く耳に入りますが、困難な状況下でも希望を持って課題に立ち向かおうとする現地の人々がたくさんいます。支援者の皆さまには、できる限り現地の人々の希望や力強さをお伝えできるよう、努めてまいります。

 

イエメン事業担当
小出 一博(こいで かずひろ)

小出一博
経歴
大学生活終了間近の夏休みに、農業系ワークキャンプに参加。畑の草取りの合間にプチトマトを食べた瞬間に、自身の中で何かがはじけてしまった!
国際協力の現場で生きる技術としての農業を志して就農。15年あまり、有機栽培で野菜を育て宅配をしていた。その後、紆余曲折を経て2007年末にADRA Japanのスタッフとなり、ラオス事業のプロジェクト・マネージャーとしてラオスに派遣される。
2012年6月にラオス事業終了とともに帰国。現在は東日本大震災被災者・復興支援事業担当として、震災後の福島県の農業支援および宮城県の漁業支援の活動に携わっている。
メッセージ
ラオスでは、自然と調和して生きる現地の人々の生活からたくさんの事を学びました。震災後一年以上経った2012年7月から、福島県や宮城県の生産者の方々と接するようになりました。震災後の多くの困難の中、多くの方々が未来を切り開こうと果敢に歩み続けておられます。ラオスで培った住民主体の地域づくりの経験を東北の復興事業にも生かすべく、日々奮闘しています。

 

南スーダン難民支援事業(エチオピア)担当
河野 雄太(こうの ゆうた)

河野雄太
経歴
大学では社会学と英語を専攻しました。卒業後、青年海外協力隊員としてインドで活動し、その後日本国内への難民受け入れ事業や途上国からの労働者受入れ事業に関わった後、2016年7月から、ADRA Japanで南スーダン内戦による難民支援事業を担当しています。
メッセージ
昔から機会の格差について疑問を抱いていました。生まれ落ちた場所が裕福な国や家庭ならば教育、医療、就職等様々な機会に恵まれ、生まれ落ちた場所が貧しい国や家庭ならばそうした機会に乏しい。世界には本人の責任ではないのに人生が制限されてしまう人々が多くいます。そのような人々の助けとなるため、日々良い仕事をしていきたいと思っています。

 

ジンバブエ事業、ミャンマー事業担当
小松 洋(こまつ ひろし)

小松 洋
経歴
小さい頃から好きなサッカーをしていて、サッカーを通して「人のやる気」や「人と人のつながり」の大切さに気づきました。スポーツ心理学を学ぶために順天堂大学に進学し、卒業後は、体験学習を大事にするファシリテーターとして教育の分野に関わりました。その後、JICAボランティアとしてジンバブエに体育隊員として派遣されたときに、「必要な支援の在り方」を考えました。帰国し、仕事として開発の世界に関わりたいと考え、開発系NGOでインド、ネパールでの現地駐在員として働きました。2017年6月からはADRA Japanでジンバブエ、ミャンマーの事業を担当しています。
メッセージ
ジンバブエで暮らし、当たり前のようにお互いを助け合う現地の人たち姿から「生きている意味はなく、生きているだけでいいんだ」ということを学びました。これからも、困っている人たちが、よりよく生きていけるように必要な支援を必要な場所に届けたいです。また、現場の状況、ADRA Japanの活動内容や成果などを日本の方たちに伝えることで、社会還元していきたいと考えています。メンバーの一員として自覚を持ち、頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 

アフガニスタン事業、シリア難民支援事業(レバノン)、イエメン事業担当
杉本 亜季(すぎもと あき)

杉本 亜季
経歴
学生時代を欧米で過ごし、大学卒業後は通信社に勤務。英国の大学院で開発学を専攻した後、とあるNGOに所属。主に現地に駐在しながら旧ユーゴスラビア地域(難民・避難民支援)、アフガニスタン(教育)、ミャンマー(保健衛生)、ブルガリア(日本語・日本文化発信)などで事業を実施。ADRA Japanではアフガニスタン、シリアを担当。

メッセージ
歴史や言語が好きなため異文化に関心が高く、土地の人と触れ合い、話を直接聞くことができるこの仕事が好きです。新環境のADRA Japanでの発見をinputして、これまでの経験を活かしてoutputできるよう努めていきます。

 

ネパール事業、南スーダン難民支援事業(エチオピア)担当
鈴木 昌則(すずき まさのり)

鈴木 昌則
経歴
中学生の頃から国際協力に関心を持ち始め、大学では農学部で農村開発などを広く学び、大学4年次からNGOインターンとしてフィリピンのビコール地方で貧困削減活動に1年間従事。その後、JICAの青年海外協力隊でニジェールの村落部における生活改善を目的とした成人女性のノンフォーマル教育に携わり、活動で感じた反省から大学院では開発と教育について学びました。これまでの現地活動経験から今後も草の根レベルで国際協力に関わりたいと思い、より責任感のあるNGOでの仕事に興味を持ちました。2012年11月からADRA Japanで中南米事業を担当し、2013年8月からはミャンマー事業担当として現地に駐在しています。
メッセージ
自立発展を目指す上で住民の自助努力の必要性を感じました。今後はNGOスタッフとしてより責任のある立場になるため、チームワークを大切にしながらひとつひとつまた新たな気持ちで学んでいきたいと思っています。支援してくださっている方々の思いを大切にし、感謝しながら少しでも平等に、平和に、幸せに人々が暮らせるような社会の発展に貢献できるように日々努力していきたいです。

 

海外事業担当
中野 佐知(なかの さち)

中野 佐知
経歴
大学卒業後、シンガポールのNGOで青少年教育に携わる。その後JICAのボランティアとして2年間、ブラジルで日本語教育に従事する。帰国後、大学院に進学し、国際開発研究科にて教育開発を専攻。2008年4月よりADRA Japanで、中国四川大地震被災者支援事業、ペルー地震復興支援事業などを担当。
メッセージ
ペルーと中国の地震被災者支援事業の担当となり、被災者の方々に残された震災の爪あとがいかに深いものであるかを知るようになりました。そして、同時に被災者の方々のたくましさも知りました。
日本の支援者のみなさまからは多くの暖かいご支援を頂き、現地では非常に喜んでいただきました。一口に「復興」といっても、その道のりは本当に長く難しいものですが、被災地の方々が自らの足で再び歩めるように手助けをするのがADRA Japanの復興支援です。
今後もみなさまの支援を確実に現地へ届け、被災者の方々の新しい生活をサポートするために励んでいきます。

 

ネパール事業担当
野崎 明美(のざき あけみ)

野崎 明美
経歴
県立病院に17年間勤務しましたが、その間に3回の転属があり、ほぼすべての科を回りました。看護師として自信を持てた時にJICAの青年海外協力隊に参加しようと志し、12年かけてやっとその時が来たと感じられるようになりました。任地であったパラグアイでの経験が私を大きく変え、国際協力に関わっていきたいという思いが強く大きくなって長年勤めた職場を退職し、2015年1月からADRA Japanにて中南米事業を担当させていただいております。
メッセージ
私は看護師の仕事が大好きです。看護師として国際協力に関わっていきたいと思っており、それが実現できることを嬉しく思っています。支援する側としてパラグアイに赴いた時の目的は看護の質の改善でしたが、逆にそこで現地の人々から人間愛を教えられました。貧しくて薬が買えず、治療も受けられない状況にあっても、家族や大事な仲間たちと一緒にいられることが最も大切であり、その幸せが薬以上の効果を生み出していました。今後もそんな彼らと関わっていきたいと思っておりますし、大好きな人々が家族みんなで健康に、長く一緒にいられることができるお手伝いがしたいと考えております。そんな彼らと関わることで、私自身も温かい気持ちになれます。私を取り巻くすべてのことに感謝しています。

 

ミャンマー事業、南スーダン難民支援事業(エチオピア)担当
松川 聡(まつかわ さとし)

松川 聡
経歴
大学では異文化コミュニケーション研究を専攻し、教育に対する価値観について研究をしました。在学中はラオスの小学校で教育支援のボランティア活動に携わったり、ADRA Japanの事務所で半年間のボランティアを経験したりしました。大学卒業後は数年間、都内ホテルのフロントで働き、2014年8月からADRA Japanで勤務しています。
メッセージ
大学時代、ふとしたことがきっかけでADRAを知り、今こうして働かせていただいております。ここに至るまで多くの人の支えと出会いに恵まれました。その一つひとつに感謝し、ADRAでの働きの中で還していけるよう努めます。

 

ネパール事業担当
柳澤 ちさと(やなぎさわ ちさと)

柳澤ちさと
経歴
大学在学中、現地ネパールの教育NGOでのインターンの経験から、教育以外のセクターや複数のセクターからの可能性を見出したいと考えるようになりました。その後、ADRAでのインターンを経て、2016年5月よりネパール事業を担当しています。
メッセージ
現地の人に一番近いところで国際協力に携わりたいと考え、NGOでの仕事を志望しました。 持続可能かつ現実的な支援が何かを模索しながら、現地のニーズを的確に拾い、彼らがより良い生活に向かって自立への道を切り開けるように必要なサポートをさせていただきたいと思います。ここに至るまでの出会いに感謝しつつ、たくさん吸収し、ADRAへも還していけるよう努めていきたいと思います。

 

国内事業課

 

国内事業(防災・緊急支援)担当
牟田 麻起子(むた まきこ)

牟田麻起子
経歴
大学時代をオーストラリアで過ごし、大学卒業後は民間企業で営業職、企画職として勤務していました。
東日本大震災後、縁あって岩手県陸前高田市の支援活動に携わり、その後、福島県の自治体の広域避難者コミュニティ支援事業に従事しました。
現在はADRA Japanで、国内事業課防災・緊急支援を担当しています。
メッセージ
これまで各地で出会った皆様、ご指導くださった方々、そして仲間へ恩返ししたいと思っています。 新たな地でご縁のある皆様との出会いに、いつも感謝しています。 微力ですが、今後も各地の支援の一助となれるよう努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

国内事業(防災・緊急支援)担当
渡辺 日出夫(わたなべ ひでお)

渡辺 日出夫
経歴
国立清水海上技術短期大学校卒業後、クルーズ客船乗組員として世界30カ国以上を巡る。高校生時代からボランティアとして関わっていたADRA Japanに1998年に転職し、2001年までアジアでの緊急・開発支援事業に携わる。その後、カナダ遊学などを経て、2008年にADRA Japanに復職。現在は国内事業を担当。平時は、防災士として「東海地震等に備えた災害ボランティアネットワーク委員会」委員などを務めつつ、国内での防災・減災啓発活動に従事している。
メッセージ
高校2年生の時に初めてADRAのボランティアプロジェクトに参加したことをきっかけにADRAに関わり、現在は国内での防災・減災活動を中心に活動しています。阪神・淡路大震災、東日本大震災など、大きな災害が日本でも起きています。これらの災害を対岸の火事とせず、「いつ自分達の身に降りかかってくるか分からない災害」に対しての備えを忘れてはいけません。ADRA Japanでは、防災・減災啓発セミナー講師の派遣も行なっています。
Sunrisemanは、様々な経験を活かして「災害への備え」をお伝えしていきます!

 

総務部

総務部長
渡辺 千里(わたなべ ちさと)

渡辺 千里
経歴
広島三育学院高等学校在学中より、ADRAのマレーシアでの井戸掘りやネパールでの建築プロジェクトに参加。大学在学中にも、ボランティア・プロジェクトに参加し、合計6回の海外ボランティアを経験。東海大学を卒業後、ADRAの支持母団体であるSDA教団青年部勤務。レクリエーション・インストラクター、キャンプ・ディレクターの資格を活用しながら、青少年団体のキャンプ企画やADRAのボランティア・プロジェクト、阪神・淡路大震災のボランティア派遣に従事。その後、出産・育児を経て、外務省NGO専門調査員としてADRAに勤務。
「NGOの広報」に関する報告書をまとめ、以後ADRAの広報を担当。広報業務に従事しつつ、独自に会計を学び、現在、ADRA Japanの財務部長およびADRA News、パンフレット、年次報告書などの作成をおこなっている。2児の母。
メッセージ
現在は子育て中ということもあり、海外に行き、直接支援活動に携わることはありませんが、過去6回、海外ボランティアに行っていた頃の思いを今も忘れることはありません。数週間に渡る竹テントでの蚊帳&寝袋生活や、3日に1度のバケツシャワー。過酷な生活とは裏腹に、現地の人の素敵な笑顔に元気をもらい、自然の恵みを肌で感じ、すべての事に感謝することを学びました。
今、与えられている場所で、最善を尽くすということをモットーに、ADRAの健全な運営を目指し、またADRAの活動を分かりやすく伝えるべく日々邁進しています。
会計も広報も独学なため、至らないところも多々あるかと思います。是非、皆様からのご意見やご感想をお寄せ下さい。より良いものを作れるよう、努力していきたいと思います。

 

総務担当
芦田 望未(あしだ のぞみ)

芦田 望未
経歴
高校生の時にホームステイで訪れたアメリカ。かの国で一番衝撃を受けたのは国連本部で見たアフリカの子どもたちの写真です。それがきっかけで、大学では国際開発全般を学び、その中で特にマイクロクレジットに興味を持ったため、最初の仕事に銀行の個人融資を選びました。 結婚を機にシンガポール在住となったため退職、日本へ戻ってきたときに国連関係の財団法人で支援者対応の仕事に就きました。しかし、どうしてもアフリカへの夢が捨てきれず、イギリスの学校で勉強、そしてモザンビークでのNGOインターンを経て、2011年1月よりADRA Japanの管理部で働いています。
メッセージ
いつもお金にかかわる仕事をしています。 お金って不思議です。お金自体には価値はありません。ただの紙や金属です。皆がお金の価値を認めるから、お金がお金として使えるのです。お金はお金を生みます。お金を持っている人は、お金を貸すことにより利息を得る事ができます。また運用して利益を得る事もできます。 お金がない人は、必要な時にお金を借り、利息を払わなければなりません。借りたお金は返済しなければなりません。返済苦に陥る人もいます。世の中は金持ちがより金持ちになるように出来ています。貧困の中で生きている人は、最初の元手になる物がありません。だから貧しいままなのです。 私はそんな世界に疑問を持ち、世界の仕組みを少しでも変えたいと思ってADRA Japanで働いています。最後になりましたが、ADRA Japanにいつもあたたかいご支援を頂きまして、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

 

東日本大震災被災者・復興支援事業担当/総務部
三原 千佳(みはら ちか)

三原 千佳
経歴
大学では服飾を専攻し、パターン(製図)を中心に家政学全般を学ぶ。また、教員免許も取得。卒業後、JICAボランティアで2年間ジンバブエへ。女性支援をするNGOにおいて、主にHIV/エイズ啓発活動と現金収入向上を目指した活動に携わる。帰国後は中学校教師などを経て、2011年4月よりADRAスタッフとして宮城県山元町に駐在。2011年9月現在、応急仮設住宅支援を実施。
メッセージ
経歴を見ると一見統一性がないようですが、私の中では全てつながっています。 他の被災地と同じく、山元町も今回の震災で甚大な被害を受けました。いつかは町を去る'よそ者'であることを忘れず、住民の方に寄り添いながら社会福祉協議会と一緒に復興支援を進めていきます。復興支援はこれからが本番です。皆さまの温かいご支援をどうぞよろしくお願い致します。

 

マーケティング部

マネージャー/広報担当
永井温子(ながい あつこ)

永井温子
経歴
文教大学国際学部卒。在学中、ADRAのボランティアプロジェクトに参加。卒業後、ADRAインターンを経て、JICA開発パートナー事業の現地連絡調整員としてタイに駐在。2006年7月よりADRA Japanの事業部スタッフとして勤務し、約1年間ネパールに駐在。育児休暇取得後、管理部勤務を経て現在マーケティング部に所属。二人の男児の母。

メッセージ
ボランティアプロジェクトで訪れたコソボで私を襲ったショックを思い出すと、今でも皮膚が緊張します。私が笑っていたとき、逃げまどい、殺された人がいた。飢えに苦しんだ人がいた。そしてそれは、残念ながら今この瞬間にも世界のどこかで起こっていることです。子どもを産んで初めてわかったこともたくさんあります。途上国のお母さんや、紛争や災害に遭ったお母さんがどんなに大変な思いをして子どもを産み育てているか、それを考えると涙が滲んできます。私たちの活動は、皆様の応援によって成り立っています。これからもご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたしします。

支援者対応担当
百々 久美(どど くみ)

百々 久美
経歴
私が高校生だった2001年にアメリカ同時多発テロが起こり、そのニュースに触れているうちに現代史に興味を持ち始めました。過去の歴史を学ばないと現代の構造はわからないと思い、大学では文化歴史学科にてイスラム学を専攻しました。卒業後は社会科の教師として勤務していましたが、結婚を機に退職。かねてから関心のあった国際協力NGOで働きたいと一念発起してADRA Japanに入り、支援者対応に従事しています。
メッセージ
生まれる場所が違うだけで紛争や貧困などによって生命の危機にさらされる人たちがいる一方、何の不自由もなく暮らしている自分。ずっと、自分にできることは何かないかと思ってきました。現在は支援者対応担当としてマンスリーサポーターの受付や寄付金の管理などを行なっておりますが、この業務を通じ、私だけではなく、困っている人たちのために何かしたいという気持ちをお持ちの方がたくさんいらっしゃるということがわかりました。これからも、支援を必要としている人たちにそのような皆様のお気持ちを届けるべく、ADRA Japanの窓口担当として業務に邁進して参りたいと思います。今後とも皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

 

ファンドレイジング担当
山本 匡浩(やまもと まさひろ)

山本 匡浩
経歴
高校卒業後、消防士として2年間勤務。その後、大学、大学院へと進学し、家族・貧困問題を専攻。2008年からNPO活動に関わり始め、母子家庭の保育や生活相談に携わる。活動をする中で自立支援の難しさ、NPO運営の難しさを実感する。NPOの広報や資金調達の方法を学ぶためにADRA で3ヶ月のインターンを経験し、2011年3月よりADRA Japanで勤務開始。国内事業担当として、主に資金調達に携わる。
メッセージ
ADRA Japanに入って4日目の2011年3月17日、東日本大震災の被災者支援のため、仙台市若林区の避難所で500食の炊き出しをしていました。新米スタッフとして右も左も分からない中、被災者の方やボランティアの皆さんとともに、試行錯誤しながら支援活動を行いました。 震災支援をしていて初めて気づいたことは、「当たり前の生活」がいかに多くの人の努力で支えられていたのかということ。お店が開いていない、道路も通れない、ガソリンもない、水もない、電気もない・・・。そんな状況で支援活動を行なっていると、人と人とのつながりが重要だと感じました。仙台での活動を通じて、近所の人、神戸など他の町から来たボランティアさん、地元の企業などが手を携え、困ったときにお互いが助け合う「つながり」の力を感じました。 ADRA Japanのスタッフとして、困っている人たちと支援者の皆さんの「つながり」を作り出していきたいと思います。

 

2017.02.01更新
 

 


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